コラム
この春に朝日新聞がM&Aトラブルに関しての連載を開始して以降、中小企業庁が今秋を目途にガイドラインを見直す旨の議論を開始し、また金融庁も金融機関向けの監督方針を見直す方針を打ち出すなど、極めて活発な動きが見られます。
論点は色々とあるのですが、大きな問題点の一つが、中小M&Aにおける経営者保証の解除というトピックです。この点につき、私のコメントが朝日新聞にも取り上げられていますのでご紹介しておきます。
M&A仲介で相次ぐ「経営者保証トラブル」 政府がルール見直しへ:朝日新聞デジタル
https://digital.asahi.com/articles/ASS7C2JZNS7CULFA016M.html?iref=comtop_BreakingNews_list
2024年7月12日付朝日新聞朝刊ではもう少し詳しく掲載されています。また、7月17日以降朝日新聞朝刊経済面で掲載される連載(全4回)でもコメントが載る予定ですので、併せてご高覧頂けますと幸いでございます。
さて、昨今、中小企業の経営者保証自体を見直す方向で議論が進んでいることは事実ですが、現状では金融機関より経営者保証を融資の条件とされているケースがほとんどでしょう。そのような会社の譲渡の際に、買主に信用がない場合には金融機関側において当該経営者保証を解除するメリットがないわけですから、M&A後に売主の思惑に反して経営者保証が外れないといったトラブルが発生します。
防衛策としては、
① 経営者保証の解除につき努力規定とする条項を修正し、解除が不能となった場合の措置を具体的に盛り込む。
② クロージング前に金融機関と相談をして買主への経営者保証の承継につきその可否・条件を確認する。
③ 契約解除についての条項につき再検討する。
④ M&A仲介会社との関係においても、同問題点が顕在化した場合の措置を契約内容に盛り込む。
他にも色々と措置は考えられますが、このような事前の対策を取らずしてトラブルが発生してしまった後の事後処理となりますと、なかなか困難である場合が多いかと思われます。
いずれにせよ、M&A仲介会社に急かされるがままに成約を早めるのではなく、クロージング前に弁護士へご相談されることを強くお勧めいたします。
M&A仲介業者とFA(ファイナンシャル・アドバイザー)との違いについてご説明しましょう。
まず、M&A仲介業者は、M&Aの売主と買主との間の仲介(マッチング)を業とする者です。中小企業のM&Aで最もよく見られるプレイヤーが、このM&A仲介業者となります。仲介「会社」と呼んでもいいのですが、個人で行っている者もいますので、ここでは仲介業者と呼んでおきます。ちなみに、後述のFA等の名称でマッチングを行い、売主と買主の双方に対してアドバイザリー契約を締結している例も見られますが、これはFAではなくM&A仲介業だと思われます。M&A仲介業者は、売主と買主の双方に対して助言を行い、また双方から手数料を取得することから(両手取引といいます。)、構造的に利益相反関係が内在しており、この点がかねてより問題視されています。
次にFAですが、M&A案件につき、その過程全般に渡り主導的役割を果たす専門家です。マッチングだけでなく、スキームの策定、バリュエーション、買収価格の提案なども行います。もっとも、M&A仲介業者の中にも、これら業務を行う者は多いといえますが、両者の決定的な違いとしては、FAは、M&A仲介業者と異なり、両手取引は行わず、アドバイザリー契約を締結した売主又は買主に対してのみ助言・支援を行うという点です。したがいまして、FAとの契約においては、上記の利益相反関係を内在していないことから、売主の利益を最大化するためには、M&A仲介業者よりもFAの方が望ましいといえますが、FAの多くは、譲渡価額数億円の小規模案件は対象としていないことから、中小企業のM&Aで利用することは難しいといえるでしょう。
以上が、M&A仲介業者とFAとの異同となります。
私もインハウス(企業内弁護士)時代に、様々なM&A仲介業者と仕事をしたものです。現在上場しているのは6社ほどでしょうか。日本M&Aセンター、M&Aキャピタルパートナーズ、ストライクなどとはよくやりましたね。M&A総研は、その頃まだ設立されていなかったかと思います。
M&A仲介業者といえば、高給取りで有名ですが、実際には歩合が収入の大部分を占める会社も多いと聞いております。それゆえ、従業員は数多くの案件をクローズしようと考え、売主・買主の利益を軽視した杜撰な業務を行ってしまう者も、中にはいるのでしょう。実際、かなり多忙を極めているようで、私がインハウス時代にM&Aで組んでいたあるM&A仲介業者(上場企業です。)の担当の方が、ある日突然連絡が取れなくなることがありました。その方はとても優秀な方で、またレスポンスも早く、深夜でもメールをしたら(翌日返してくれればいいと思って送信しているのですが)数分後には返信が来るような方だったので、どうしたのだろうと心配していたところ、数日後に「過労で入院してました。」との連絡がありました。極めて過酷な労働環境なのだろうと思われました。それほどM&Aが過熱していた業界があり、また仲介業者間でも鎬を削っていたのでしょう。ちなみに、そのような方が独立して新たにM&A仲介業を立ち上げるといった動きが、現在盛んになっているとも聞きます。
さて、そういうわけで、事業承継を目的とする中小企業のM&Aにおいては、引き続きM&A仲介業者の役割が大きいと言わざるを得ませんが、昨今の報道に見られるとおり、かねてより指摘されていたM&A仲介業者の問題点が明るみとなり、中小企業庁も対策に乗り出しているとのことです。国による推進を背景に活性化しているM&A市場に水を差すことなく、安心した取引が図れるような環境を整備することが急務と考えます。
ひとたび契約の締結まで手続きが進んでしまったM&Aの契約を解除できるか、という問題につきご説明いたします。なお、中小M&Aにおいて広く用いられているのは株式譲渡契約ですので、ここでは同契約を念頭に置きます。
一般に、株式譲渡契約の締結日と、クロージング日との間には、一定の期間がおかれることが多いと考えられます。そしてその間に、(主に売主が)クロージング前の誓約事項(プレ・クロージング・コベナンツ)を履践することになります。何をするかといえば、たとえば、取締役会の承認であったり、チェンジ・オブ・コントロール条項に関する対応などです。
ところが、この間に、株式譲渡契約の締結当初には想定されなかった事情が発覚したりと、何かしらのトラブルが発生する場合もあるでしょう。このような場合、契約の当事者は、取引の実行を中断して、計画を白紙に戻すことができるでしょうか。
さて、通常の株式譲渡契約書には、この点につき、解除に関する規定が置かれていますが、ほとんどの場合は、「クロージング前に限り」解除することができるという内容となっているかと思われます。すなわち、実務上、解除可能な期間を、クロージング前に限定することが多いのです。
これは、M&Aにおいては、一旦取引が実行されると、対象会社の資本や事業等が大きく変更されることとなり、また利害関係者が多数に上ることが想定されますので、株式譲渡契約を解除して契約前の状態に巻き戻すことは極めて不経済であり、また不可能である場合も多いことから、このような規定の内容となっているのです。
とすると、クロージング後に何かしらトラブルが発生したという場合の買主から売主に対する責任追及の方法は、原則として、補償責任や損害賠償責任の追及に限定されることが多いと言わざるを得ないでしょう。なお、動機の錯誤があったとして買主が契約締結の意思表示の錯誤無効(改正後の取消)を主張できるかという点については、従来より議論がありましたが、当事者間でクロージング後の法律関係の巻き戻しは認めない旨の合意がある場合には、やはり表明保証違反等を理由とした錯誤取消が認められるかについては消極的に解することとなりそうです。
したがって、既に手続きがクロージングまで達してしまった場合には、やはり補償責任や損害賠償責任を追及するしかないということになりますが、その時点で契約の相手方において資力がなく、回収できないといった場合も想定されます。それゆえ、契約締結に際しては、クロージング前の前提条件につき詳細に取り決めをしておくことが肝要といえます。当該前提条件が満たされない場合には、契約を解除するということで勇気ある撤退を覚悟しておくということです。
M&A後のトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお問い合わせください
M&Aを実施したが、クロージング後に様々な問題点が発覚し、契約の相手方当事者とトラブルになっている経営者様(買主)又は前経営者様(売主)は、ぜひご相談ください。
クロージング前のDD(デューデリジェンス)や、弁護士による契約書チェックなどにより、前もってトラブルの発生を可及的に予防することは可能であり、今後M&Aを予定されている方は、事前に弁護士に相談いただくことが最善でしょう。
しかし実際には、諸々の事情からクロージングを急がざるを得ない場合もあり、また仲介業者より一方的に日程を決定され、じっくりと案件を検討する間もなく手続きが進んでしまい後戻りできなかったというケースも散見されます。中には、DD自体実施しなかったという場合もお聞きします。
さて、実際に起こってしまったトラブルには対処しなければなりません。
まずは、締結済みの契約書をお見せください。トラブルの原因や責任の所在を分析させていただくとともに、今後予想される事態につきシミュレーションを行いましょう。
また、既に契約の相手方より何らかの請求を受けている場合には、当該主張が法的に認められるのかにつき、検討しましょう。
そして、逆にこちらからどのような反論ができるのか、またその主張を裏付ける証拠が存在するのかにつき、検討しましょう。
具体的な事情を踏まえた上で、具体的にどのような戦略をもって今後の対応に臨むのかを、オーダーメイドでご提案いたします。
M&Aトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)へお気軽にお問い合わせください。
M&Aトラブルのご相談で多いのは表明保証違反です。
売主が表明保証した内容につき、実は事実と異なる点があり、これに起因して損害が発生したとして、買主が売主に対して金銭補償を請求するといったケースです。
買主としては、虚偽の説明を受けたとして怒り心頭かもしれませんが、時には売主の側でも言い分がある場合があるでしょう。
例えば、「ちょっと調べれば買主もわかったであろう」といった事情や、「実際買主も知っていたではないか、それをこじつけてこちらの責任にするのはズルい!」などといったケースです。
これは、「表明保証の相手方の主観的態様が法的効果に及ぼす影響」といった論点であり、学説でも議論がなされています。
この点につき、よく参考として出されるのが、東京地裁平成18年1月17日判決です。
同判決は、「原告が被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、被告らは本件表明保証責任を免れる余地があるというべきである。」と判示しています。ここにいう原告は買主、被告は売主です。また、「善意」とは知らないこと、「悪意」とは知っていることを意味します。
さて、この判決は、表明保証の相手方が悪意の場合には表明保証違反責任を免れると解しているようであり、かつ、相手方に重過失が存在する場合にも同責任を免れると解する余地があるとしています。同判決には賛否両論があり、表明保証違反の法的性質論から結論が帰結されたものではなく、単に禁反言や権利濫用法理などに則して処理をしたに過ぎないという解説もあるようです。また、契約上特段の定めがない限り、表明保証違反の責任追及が表明保証の相手方の主観的態様に左右されるべきではないとの説もあります。
ですので、ネット上では、同判例が一般化され、さも確立された自明の法理かのように記載されているサイトも散見されますが、実際はそのように単純な議論ではないのです。
とはいえ、いずれにせよ、我々も同様の事案を受任した場合には、この判例を引用して準備書面を作成するのですが、あくまでも上記判示は傍論で述べられているにすぎず、またそのように解すべき法律上の根拠も明示されていないことから(前記のとおり、禁反言等の一般条項から導き出しているに過ないようにも思えます。)、先例的価値については慎重に検討する必要があるとも考えられます。
表明保証違反等のM&Aトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお気軽にお問い合わせください。