コラム

2024/10/03 NEW
判例紹介<東京地裁令和元年5月27日判決>

弁護士である被告との間で、事業譲渡契約書等につき被告が法的助言をする内容の委任契約を締結した原告が、被告が適切な助言を怠ったことにより、事業譲渡先に表明保証条項違反を問われて損害を被ったとして債務不履行の損害賠償請求をした事案です。M&Aトラブルに関連して弁護士が訴えられた(!)という怖い事案です。


M&Aのスキームとしては、事業譲渡契約でした。というのも、当初原告は、他の買受希望者との間で株式譲渡を行う予定だったのですが、同社が行ったDDの結果、原告所有の土地に土壌汚染があることが判明したことから契約が不調に終わったという経緯がありました。その後、原告は、他の買受希望者との間で交渉を行い、当該土壌汚染に係る物件を除いた形でM&Aを行うこととなりました。


さて、クロージング後になり、建築基準法に基づく建築確認申請が行われていないこと、各建物内の昇降機が建築基準法上の手続きに則らずに設置されており、労働安全衛生法にも準拠していないことが表明保証条項に違反するとして、事業譲渡先により本件事業譲渡契約は解除されました。かつ、和解金として原告は1400万円を支払いました。


このような流れを経て、原告は、弁護士である被告との間で事業譲渡契約書等につき被告が法的助言をする旨の委任契約を締結したにもかかわらず、被告が適切な助言を怠ったことにより、事業譲渡先に対して、表明保証条項違反を問われる事態となり、これにより損害を被ったとして、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、原告が事業譲渡先に支払った上記和解金1400万円及び期待権侵害による無形損害300万円の合計1700万円の支払を求め提訴しました。


裁判所は、被告の債務不履行の有無に関して、原告と補助参加人(M&A仲介業者のことと推測されます。)間のアドバイス契約では、補助参加人に原告の資本戦略等に必要な調査・交渉に関する助言を委任し、現被告間の委任契約では、事業譲渡に係る契約書の検討及び交渉作業、法的助言等を委任していたことが認められ、被告は、本件事業譲渡契約書における表明保証条項の作成に関しては、補助参加人が収集した資料を確認・検討し、同条項違反の問題を生じ得る事実に関し契約書の修正の助言等をするという限度で義務を負っていたと認められ、同義務の不履行があったとは認められないとし、請求を棄却しました。


M&Aに関して弁護士は通常、DD対応や各種法的助言、契約書作成等の場面で参画しますが、その委任の範囲につき予め明確にしておくことが肝要です。もっとも、本事例のような場合に弁護士の債務不履行を認めるとなると、結果責任を負わせることと同義となりますので、至極妥当な判決であるとは考えますが、珍しい事案なのでご紹介しておきます。


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2024/09/30 NEW
判例紹介<東京地裁令和2年10月26日判決>

M&A(株式譲渡契約)における売主(原告)が、買主(被告)に対して譲渡金額の残額を請求したところ(売買残代金請求)、買主が売主の表明保証違反を主張し、その補償請求権と前記売買残代金請求権とを対等額で相殺するとの抗弁を主張した事案です。


結論としては、裁判所は、当該抗弁の成立を認めました。


さて、被告が主張する表明保証違反の内容ですが、譲渡日以前に原告より開示されていた事業計画とは別に、当該事業計画を下方修正する内容の他の事業計画が策定されていたにも関わらず、原告はこれをクロージング後まで開示しなかったというものです。

また、補償額の算定に関しては、あらかじめ提出されていた事業計画に基づき、DCF法による株式価値評価を信頼して売買代金を決定したのであるから、被告が被った損害は、契約締結時点において当該下方修正後の事業計画が開示されていた場合にDCF法によって算定される評価額と実際の売買代金の差額であるとの主張がなされました。


裁判所は、まず、原告が被告に対して、譲渡日までに本件事業計画を開示したと認めることはできないと認定し、その上で、「原告と被告は、提出済事業計画の数値が、本件対象会社の価値の算定において重要な要素になることを互いに理解していたものと認められる。」「本件譲渡契約締結前に生じた事由であったとしても、原告が、契約締結時までに、被告に対し、そのような事由及び事象を開示しておらず、その内容が将来の収益計画に悪影響を及ぼしうる場合には、原告は、被告に対し、これを開示すべき義務を負うものと解すべきである。」「以上によれば(中略)これを譲渡日までに開示しなかったことは、本件譲渡契約10条4項の趣旨や、本件譲渡契約別紙1Ⅱ20項に定められた表明保証に反し、被告の原告に対する補償請求は認められるものと解すべきである。」と判示し、原告の表明保証違反を認めました。


また、補償請求額については、「本件譲渡契約において、DCF法による企業価値の算定を基礎として譲渡価格が決められたものであるところ、被告は、提出済事業計画に記載された数値が現実的かつ十分に達成可能であることを前提条件として、本件譲渡株式の評価額を算定したものであり、事業計画に悪影響を与える項目が発見された場合などには評価価額を修正する要因となりうる旨の意向を表明していたのであるから、譲渡日までに、提出済事業計画と数値が大きく異なる本件事業計画が開示されていたとすれば、本件事業計画に基づいて評価額を算定し、これを基礎として譲渡価格についても修正をしたと考えるのが合理的である。」と述べ、その上で、「被告が、原告に対し、補償請求できる損害は、DCF法によって、提出済事業計画を用いた場合に算出される企業価値と本件事業計画を用いた場合に算出される企業価値との差額を基本として算定することが相当である。」と判示しました。


取引の実行前に開示された資料を前提として企業価値を算定し、株式譲渡を行った後になって、当初知らされていなかった事情が明るみとなり、企業価値の算定に誤りが生じたというご相談は度々頂戴します。そのような場合に参考となる事例かと思われます。


ちなみに本件では、当初の事業計画を基礎にした株式価値と、後日提出された修正版の事業計画を基礎にした株式価値との差額が、「少なくとも6億2600万円」と認定されており、看過することのできない金額に達していた事案でした。


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2024/09/27
判例紹介<東京地裁令和5年4月17日判決>

M&Aの買主が、M&A仲介業者に対して損害賠償責任を追及し、これが認められたという最近の判例です。


事案は次のとおりです。


買収対象会社B社は、自動車メーカーD社から直接D車を仕入れることのできるディーラーC社との間で基本取引契約を締結することで、D車の販売や修理を行うことができるサブディーラーです。Dサブディーラーとなるには、厳しい要件の充足が必要とされるようです。

原告は、B社が上記サブディーラーであることに魅力を感じ、同社の全株式を譲り受けました(1100万円)。しかしクロージング後になり、本件M&Aを契機として、C社から販売店契約の解消の通知がなされるに至りました。


C社との間の基本契約には、いわゆるCOC条項類似の規定(厳密には、代表者の異動等があった場合に事前通知を求められているのみで、承諾を得ることまでは要求されていないようですが。)が存在しており、また上記のとおり、本件M&Aに関しては、B社がD社のサブディーラーとして相当期間継続可能であることが契約の重要な要素であることから、C社の承諾の有無が重要となります。すなわち、原告としては、C社との間の取引が継続できないとなるとそもそもの取引の目的を達成できないということになります。

なお、その後、原告は、錯誤を主張し、売主との間で株式譲渡契約を解消したようです。


以上の経緯を経て、原告は、M&A仲介会社に対して、①主位的請求として不法行為に基づく損害賠償請求を、②予備的請求として、(ア)債務不履行(イ)不当利得に基づく各請求を行いました。


論点はいくつかありますが、本筋に関しては、被告M&A仲介会社が、本件株式譲渡契約締結前にC社から同契約締結に対する承諾を得る必要があったかどうか、本件承諾に関する誤情報の提供があったかどうか、この点に関する被告の重過失などが問題となりました。


裁判所は、「被告は、本件株式譲渡契約締結までの過程において、原告が本件株式を譲り受けるにあたって、B社がDショップであることを評価しており、このような原告の意向に沿う形での本件株式の譲渡を実現するためには、あらかじめC社から本件承諾を得ておく必要があったことは十分に認識し得たというべきである。(中略)原告に対し、本件承諾を得られたか否かに関し、正確かつ適切な情報提供をする義務を負っていたと認めるのが相当である。」「被告は、原告に対し、C社から本件承諾を得られた旨の誤情報を伝えることにつき、その可能性を容易に予見することができ、かつ誤情報を伝える結果を容易に回避することができたにもかかわらず、前記のとおり、C社から本件承諾を得られた旨の誤情報を伝えている。したがって、被告は、本件承諾を得られたか否かに関し、正確かつ適切な情報提供をするという原告に対する注意義務に著しく違反したというべきであり、被告には、重過失があったと認めるのが相当である。」と判示し、被告の責任を認めました。


M&A仲介業者の責任が認められた珍しいケースかと思われます。ちなみに、判決文からすると、このM&A仲介業者は、「東京証券取引所市場第一部に上場する大手のM&A仲介業者」とのことです。


事例判決ではありますが、M&A仲介業者に対する訴訟も今後増加することが予想されますので、参考となります。


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2024/09/26
判例紹介<東京地裁令和元年12月24日判決>

調剤薬局1店舗の事業譲渡に関するM&Aトラブルです。


買主は、売主より本件店舗を約600万円で買い受けました(別途在庫薬として300万円の譲渡契約もありました。)が、クロージング後、店舗内より複数のメモが発見されたことから問題が発覚しました。


すなわち、当該メモは本件店舗の引継事項が記載されたもので、その内容は、近隣の医院(同医院からの処方箋が本件店舗の総処方箋数の8割を超える関係にあります。)との間で従来より行われてきた慣行を記したものでした。

裁判所の審理によると、①同医院からの処方箋のファクシミリによる受領等、②同医院への恒常的な配達、③同医院への医薬品の備蓄提供、④同医院への備品類の提供、⑤同医院の指示による同医院長やその家族の処方箋の作成依頼、⑥約束処方、及び⑦先付処方などの事実が認定されました。


これらは、薬担規則(保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則)に抵触する行為であり(同規則では、平たく言いますと、医院と薬局の癒着が禁じられています。)、裁判所は、過去の行政処分例等の内容を踏まえ、保険薬局の指定取消しや保険薬剤師の登録取消し等の重大な行政処分につながり得るものであったと判断しました。


そして、上記行為は、事業譲渡契約中の表明保証条項(「売主は、訴訟・係争の当事者となっておらず、その他の法律上及び事実上を問わず、本件店舗の営業に重大な影響を及ぼすような第三者からのクレームを受けておらず、またその畏れがないこと」)に違反すると認定し、原告(買主)の請求を認容しました。


ちなみに、原告は他にも、調剤システムを新規導入した費用や従業員の採用に係る費用なども損害として主張していましたが、これらはいずれも損害の範囲に含めることは相当ではないとして排斥されています。


さて、薬局のM&Aも実に多いですが、そもそも本件事業譲渡は、数十店舗を経営する売主が、平成28年度の調剤報酬改定により、いわゆる大型門前薬局の評価適正のため、薬局グループ全体の処方箋受付回数が月4万回超のグループに属する保険薬局のうち、特定の医療機関からの処方箋集中率が極めて高い保険薬局の調剤保険料が引き下げられたことから売却を検討したという経緯があります。売主からは、「売上の大部分が上記医院からの処方箋で成り立っていることの説明もしたので買主には重大な過失がある」とのアンチサンドバッギング的主張がなされていますが、裁判所は、いかなる立場に立つかは明言せずに(「仮に、原告に重大な過失があったことをもって被告が本件表明保証条項違反の責任を免れる余地があったとしても」と慎重に言葉を選んでいます。)、薬担規則を遵守することは当然であるから、売主の従前の取り扱いにつき買主が知らなかったことにつき重過失はないと判示しています。


そしてもう1点、この取引において、事業譲渡契約書内に補償条項が存在しておりませんでした。当然売主は、表明保証の法的性質は損害担保契約であるとの立論より、金銭的救済措置は認められないとの主張を行いましたが、裁判所は、「本件表明保証条項に定められた各事由の重大性等に鑑みると、これに違反があった場合でも、譲渡日を経過すると解除や損害賠償がおよそ認められないと解するのは契約当事者の合理的意思解釈として採用し難い(中略)被告がこれに違反した場合には、原告は、本件表明保証条項に基づき、原告に生じた損害の賠償を受けることができると解するのが相当である」と判示しています。結局のところ、どのような法律構成で損害賠償請求権が認容されたのかが、この判示からはよく分かりませんが、補償条項がなくとも表明保証違反に基づく損害賠償請求が認められた一事例です。実際に、ご相談を受けていると、補償条項が抜け落ちている契約書を時折目にします。そのような場合でも、直ちに諦める必要はないということかもしれません。


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2024/09/04
判例紹介<東京地裁平成25年11月19日判決>

被告の子会社であるA社と株式交換し、完全子会社化した原告が、被告において、株式交換に先立って表明保証に違反したとして、損害賠償を請求した事案です。


本件では株式譲渡ではなく株式交換が用いられていますが、実質的にはA社の親会社であった被告が、原告に対してA社を売却する取引であったということで当事者間に争いがない事案でした。


さて、表明保証違反の内容ですが、上記株式交換後に、A社の従業員の自殺に起因する訴訟の和解に係る補償金を原告が支払ったという事実があり(従業員の自殺自体は、株式交換前の出来事です。)これが株式交換契約の中の「当社(注:被告)の知る限り、Aにおいて、重大な労働災害(中略)その他の労働紛争は存在せず、その発生の虞もない」「当社の知る限り、Aを当事者とする係属中の訴訟又は行政手続であって、Aに重大な悪影響を及ぼすこととなるようなものは存在せず、且つ、かかる訴訟又は手続が提起されるおそれはない。」との条項に違反するという内容が原告の主張でした。


裁判所は、本件自殺は、A社の過重労働が原因と疑われ、本件株式交換当時、遺族が労災申請や証拠保全手続をし、訴訟提起の恐れもあり、A社の経営に深く関与していた被告が知らなかったとは言えなず、本件自殺の事実の不告知は、表明保証違反に該当するとして、原告が支払った和解金の額と弁護士費用の一部につき相当因果関係があると認め、原告の請求の相当額を認容しました。


上記のとおり、表明保証に「知る限り」の限定があった事案でしたが、裁判所はこの点を丁寧に事実認定し(実際には、A社が更にB社に吸収合併され、そのB社もファンドに売却されたという事実があり、また、各社の取締役が共通していることから被告とA社の関係は「資本支配にとどまらず、経営にも関与していた」「経営に深く関与していたことから、本件自殺の事実関係を知らなかったとはいえない」と認定しています。)、その上で、被告の責任を肯定しています。


またこの判例には、もう一点、特筆すべき部分があります。すなわち、被告の表明保証中、開示資料等に関し「重要事項について誤解を生ぜしめたり、欠けているところがない」との条項があったのですが、この点につき、被告は「表明保証の対象となる重要事項等は、被告が原告に対し、ある事実が真実かつ正確であることを、主体的に能動的に表明し、その表明した事実に限られ、表明されなかった事実に含まれず、かつ、当事者が意図しない事実まで含むものではない」と主張しました(実際、原告は財務DDしか行っていなかったようです。)。


この点につき、裁判所は、「表明保証の機能には、リスク分配機能があり、表明保証をした契約当事者は、表明保証をした事実については責任を負う一方、それ以外の事実については責任を負わないとすることにより、契約当事者の責任を明確にする機能があること(中略)を十分に考慮しても、被告の主張のとおり、表明保証の対象ないし範囲が、原告がデュー・デリジェンスにおいて開示を要求した範囲に限定されるとの解釈をすることは相当でな」いと述べ、表明保証のリスク分配機能を肯定しています。今後の実務にも参考となると考えます。


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