法律Q&A
EBITDAとは?
中小企業のM&Aにおいてバリュエーションをする際に、EBITDAという用語が頻出します。「イービットディーエー」や、「イービッダー」などと呼びます。私は過去に「エビータ」と呼ぶ人を見かけたことがありますが、多分一般的ではないと思われます。
EBITDAは、営業利益に償却費用を加算したものです。なお、ここから非経常的取引(役員報酬や事業と関連しない経費等を含みます。)を調整して、調整後EBITDAを算出します。
EBITDAは、非上場会社の企業価値算定に当たり代表的であるマルチプル法(倍率法)において利用されます。EBITDAマルチプルは、マーケットアプローチと呼ばれる類似企業の市場価格や指標を参考として企業価値を算出する方法です。
このマルチプルとは、企業を評価する倍率のことで、EBITDAマルチプルでは、事業価値(EV)をEBITDAで割ったEV/EBITDA倍率と呼ばれる指標を使用します。
このEV/EBITDA倍率は、減価償却を考慮しない収益指標であることから、設備投資により赤字となった企業の収益力も評価できます。また、DCF法に比べて計算が簡易である点も利点の一つであることから、中小企業のM&Aでは広く用いられています。キャッシュベースに近い本業の儲けを示す指標であり、平たく言えば、事業価値(EV)を何年分のEBITDAで回収できるかということになります。
ただしこの手法は、類似会社のEV/EBITDA倍率の平均値として算出した市場倍率が信用できるのかという点で問題があります。すなわち、場合によっては、類似企業の選定が困難な場合があり、その選定方法によっては、結果に大きなブレが生じるおそれを否定できないからです。
我が国における中小企業のEV/EBITDA倍率は、2~10倍程度が相場であると解説する書籍もありますが、業種・地域・規模等によってかなりの差があると言わざるを得ません。
ですので、あくまでもこの手法は、交渉の段階での企業価値算定の一材料として考える必要があります。
M&Aトラブルでお困りの方は、シャローム綜合法律事務所までお問い合わせください。
キーマン条項(ロックアップ)とは?
キーマン条項(ロックアップ)とは、買主・売主間の取り決めで、売主側のキーマン(事業運営の中心的存在となる人物)を、一定期間売主側企業に在籍させて引継等の業務に従事させる内容の契約をいいます。M&Aは株式譲渡契約が実行されればめでたしめでたしというものではなく、その後の統合プロセス(PMIといわれます。)こそが重要かつ難関であることから、同プロセスを円滑に進めるために、従来から売主側企業にて重要なポジションを占めていた人物をクロージング後も引き続き業務に従事させることにより、スムーズな事業承継に資するという目的から、このキーマン条項が置かれることが多いと言えます。具体的には、株主兼代表がM&A後も引き続き顧問という名目で会社に残るという場合がよく見られます。英語では「Keyman Clause」と表記されます。
このキーマン条項は、ロックアップ(Lock up)と呼ばれることもありますが、その名のとおり、一定期間キーマンを拘束することになりますので、その点でトラブルとなる場合もしばしば見られます。キーマン条項があるにも関わらず勝手に退職した、あるいは引継を一切しない、逆に報酬を支払ってもらえない、などという紛争です。ここでは労働事件類似の問題が生じます(労働者性に関して議論となる場合もあるでしょうが。)。また、同キーマンが別に類似の事業を立ち上げ競業関係となる場合も紛争となりえますので、競業避止義務に関しての取り決めもあらかじめ十分に検討しておく必要があります。
ところで、買収後も、当該キーマンが顧問ではなく代表として従前と変わらない地位で会社に残るというケースもあります。従業員にしてみても、突然社長が変わったということになりますと、不安を覚え離反する者が出てくる危険性が容易に想定されますので、代表が引き続き残るということはその点についての対策ともなりえます。また、同代表にしてみても、雇われ社長とはなりますが、大手の傘下に入り、今までと変わらぬ就業関係のもと安心した経営が可能になるといった側面もあります。その場合には、キーマン条項を用いて特段の期間を定めることなく、同人の任期は株主との取り決め次第ということになります。
サンドバッギング条項とは?
M&Aにおける株式譲渡契約等において、買主が売主の表明保証の内容が正しくないことを知りながら取引をクローズし、クロージング後に売主に対して表明保証違反に基づく補償を請求することをサンドバッギング(sandbagging)と呼んでいます。サンドバッ「キ」ングと呼称しているサイトもあるようですが、正しくはサンドバッ「ギ」ングだと思われます。
参考判例としてよく挙げられるのが東京地裁平成18年1月17日判決で、同判決は、この点につき、株式譲渡契約締結時において、売主が表明保証を行った事項に関して違反していることを買主が知らないことについて重大な過失があると認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、売主は表明保証責任を免れると解する余地があるというべきであるという旨の判示をしています。この判例により、日本の裁判所ではアンチ・サンドバッギング(つまり、表明保証違反につき買主が悪意又は重過失により知らなかった場合には売主は補償責任を免れるというルールです。)の考えが採用されたのではないかとの議論がなされましたが、今だ判例法理が明確に固まったというわけではないとも解説されていますので注意が必要です。今後の判例の積み重ねを待つ必要があるでしょう。
最近では、株式譲渡契約書の中に、サンドバッギング条項を規定するケースが増えています。すなわち、サンドバッギング条項とは、表明保証に関し、買主が売主の表明保証違反を知っていたか否かに関わらず、買主が売主に対して補償請求をすることができるという内容の条項です。後述のアンチ・サンドバッキング条項と区別して、プロ・サンドバッギング条項と呼ばれることもあります。買主にとって有利な条項となります。
一方で、アンチ・サンドバッギング条項とは、先述のプロ・アンチサンドバッギング条項とは逆で、買主が売主の表明保証違反につき悪意である場合や過失により知らなかった場合には、たとえ表明保証違反があったとしても、補償請求を認めないという旨を定めた条項です。売主にとって有利な条項ですね。
サンドバッギング条項に関するM&Aトラブルでお困りの方も、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお気軽にお問い合わせください。
アーンアウト条項とは?
アーンアウト(Earn-out)条項とは、クロージング日において一定の譲渡価額を支払うことに加えて、クロージング後一定の期間において、対象会社が特定の指標(売上やEBITDAなど)を達成することを条件として、買主が売主に対して、あらかじめ合意した算定方法に基づき追加で譲渡価額を支払う旨の条項をいいます。
通常は、小規模の非公開会社の買収にあたって採用されることが多いといわれていますが、私は実際に見たことはまだありません。
このアーンアウト条項は、対象会社の将来性・収益性につき売主と買主との間で見解の相違があり、双方が主張する譲渡価額の間に大きな乖離が存在し契約の合意に至らないような場合に、かかる両者の意見の不一致を埋める方策として用いられることがあるといわれています。
たしかに中小企業においては、経営基盤が人的資源に大きく依存している場合が少なくなく、クロージング後も事業のキーマンが離反せずに継続雇用となるか否かといった予測の立てにくい要素もあり、またクロージング後も取引先との関係を維持できるかといった点なども、大きな不安要素であることは否定できません。
このような場合に、アーンアウト条項を活用することにより、買主にとっては、当初買収時に必要となる資金を軽減することができ、対象会社の高値買いを回避することができます。
また売主にとっても、譲渡価額に関する乖離を埋めて取引を成立させることができるとともに、対象会社の最終的な譲渡価額の上昇が期待できます。したがって、買主・売主の双方にとってメリットがあるスキームといえます。
しかし他方で、アーンアウトの設計にあたっては、選択する財務指標の定め方や計算方法等の非常に複雑な契約条項が必要となり、また税務上の配慮も要求されます。さらに、アーンアウト条項が規定される場合には、アーンアウトの対象期間における対象会社の事業運営についても手当てが必要となります。すなわち、クロージング後に買主が意図的に放漫経営を行うなどして、アーンアウト金額の支払いを回避するおそれが想定されるということです。これを防止するためには、売主がクロージング後もアーンアウトの対象期間中は経営に引き続き関与する等して、買主が不必要な時期における設備投資や棚卸資産の処分をしたりすることなどを制止する必要がある場合もありえます。
更には、対象期間中に買主が第三者に対して対象会社を売却するなどといった、当事者が契約当初に想定していなかったような事態に陥ることもありえます。
このように、アーンアウト条項は必ずしもメリットばかりというわけではありません。したがって、アーンアウト条項を定める場合には、対象期間、選択する指標の種類、支払金額の決定手続、第三者に対象会社が譲渡された場合の処理等、詳細な取り決めが必要となります。これらにつき適正な条項の設計が困難であるケースにおいては、後々のM&Aトラブルを回避すべく、勇気ある撤退も必要となるかと思われます。
アーンアウト条項に関するM&Aトラブルでお困りの方も、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお気軽にお問い合わせください。